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「強い現場が経営力を弱くする ~どうしようもなく真面目で一生懸命な僕らが招く不条理の話」

 

1月に発生した能登半島地震で被害に遭われた方に

改めてお悔やみを申し上げます。

今日は能登半島地震のニュースから感じたことから

話し始めたいと思います。

 

今から2週間ほど前のことでしょうか。

ニュースで

水や食料など生活必需品が不足気味であることが報じられて、

被災者の方がその事実を受け止めている様子でした。

その時に震災後2ヶ月少しであっても、さまざまな制約条件の中での

さまざまな関係者の方々の努力への感謝をしつつ、

それを受け入れていることへの強さを感じました。

 

しかし、同時にそれらの受容する様子にある危惧を覚えました。

それは、こうした現場の我慢(場合によっては努力と言ってもいいのかもしれません)が

日本の経営力を弱くしているのではないか、、ということです。

 

日本の現場は強い。

これは間違いないと思います。

以前ある人から聞いた話です。

日本の海上自衛隊とアメリカ海軍が、

人的交流の一環で

双方の士官が相互の艦船に数週間乗り込んだそうです。

ってきた海上自衛隊は「ダメな艦に乗った」と答え、

帰ってきた米国海軍は「エリートの艦に乗った」と答えたそうです。

これと同じような話をメーカーの方からも

「日本の工場とアメリカの工場の話」を聞いたことがあります。

このように日本の現場は強いですし、

絶えざる創意工夫、改善を行なっています。

 

この現場の強さが日本企業の源泉といえます。

 

しかし、この現場の頑張り(創意工夫や改善)があるからこそ、

また、頑張れば頑張るほど

経営問題が露見しないということはないでしょうか。

経営陣が経営問題を発見できないということはないでしょうか。

 

現場が頑張れば頑張るほど多くの問題は見過ごされます。

本来、問題発生の初期であれば「問題解決コスト」が少なくて済みます。

が、見過ごされる中で、「問題解決のコスト」は上昇し、

問題を解決しなければならない時には、

問題を解決できなくなります。

 

少し前、1980年代までは良かったのかもしれません。

まだまだ技術開発の余地がありましたし、

市場は拡大期であった上に、市場の競合も限定的でした

(今のように中国メーカーや韓国メーカーの存在も無視しても十分でした)。

 

上記のような幸せな時代はとうに過ぎ去った結果、

現場はもっと頑張らなければならなくなりましたし、

我慢や苦労をしなければならなくなりました。

今何が起きているのか、、

 

昨今ニュースになった自動車メーカーの不正。

これも、

「現場の頑張り」

「現場の我慢、苦労」

があり、それが

「もう無理です」「もうダメです」

と言えない職場や人間関係を生み出しています。

結局、その行き着く先は

(中間層は評価をより強く意識せざるえないために)

「もっと頑張ること」であり、

それが難しくなった時に

「不正」や「無理・無駄・無謀」「誰かの犠牲」が起こります。

そしてこれが露見した時には、取り返しのつかない状態になります。

現場の強さが、将来の巨大なリスクを惹起すると言うのは

何という不条理でしょう。

 

これは、先に挙げた自動車メーカーだけでなく、

先の大戦での日本軍でもみられたことです。

 

日本企業の強みである、現場力の強さを捨てることはないと思います。

この不条理を防ぐために、

現場が自らのキャパシティーを冷静に観察し、

無理なら無理とはっきりと上位層に伝達することが重要でしょう。

また、無理だと率直に言える風土づくりは欠かせません。

また、現場はさまざまな要因で頑張り過ぎてしまうゆえに、

問題を露見させません。

なので、経営層が問題の根源である構造やシステムに気づくこと、

自ら現場に行って対話すること、

また現場とのコミュニケーション経路を持つこと、

これに尽きると思います。

 

すぐに問題解決を現場に求めるのではなく、

経営層としてその問題を発生せしめている

構造やシステムを刷新すること。

経営層はこれを行うために存在し、そのために高い報酬を得ることができるのです。

 

これからさらに不透明になっていく経営環境において、

今いちど、経営とは何か、

経営層のミッションは何か考えてみましょう。

 

 

2024年3月1日

 

 

筆:松本宜大